
三重
2026.11.07-08

今回の旅の舞台は、紀伊半島の東部に位置する東紀州。紀北町と尾鷲市は、切り立った山々とリアス海岸が続き、漁業や林業が盛んな地域だ。そして、伊勢神宮から熊野三山へと続く「熊野古道伊勢路」が通る、熊野への北の玄関口でもある。
紀北町と尾鷲市の境にある馬越峠は、伊勢路を代表する峠のひとつ。豊かな漁場を持つ海と、尾鷲ヒノキが育つ山。その距離が近く、「海のもの、山のものがすべて手に入る」と、この地に移り住んだ人たちも口を揃える。
今回の旅では「熊野古道」を歩き、土地のものを食べ、手を動かす。そして、そこで暮らす人たちに会いにいく。東紀州の人と暮らしに触れる、15名限定・1泊2日のバスツアーだ。
このツアーで出会う人たちに、旅に先駆けて話を聞いた。


【目次】
この旅を最初から最後まで案内してくれるのが、「熊野古道語り部友の会」に所属する金子修さんだ。「熊野古道伊勢路を守る会」や「紀北町熊野古道連合会」の事務局長を務めるほか、道の駅「紀伊長島マンボウ」を盛り上げる「マンボウ倶楽部」の副会長、さらには地元でギターの弾き語りまで。「熊野古道」にとどまらず、さまざまなかたちで地域に関わっている。

伊勢出身の金子さんが、この地にやってきたのは仕事がきっかけだった。キャンプ場やホテル、公園の管理などに携わりながら暮らすうちに、海や山、食、「熊野古道」の魅力に触れ、この土地の素晴らしさに感銘を受けていったという。
_まず、語り部になったきっかけを教えてください。
金子(以下、K)_地域には、世界遺産である「熊野古道」という独自性のあるものがボンとあるんですけれども、それ以外にもいっぱい魅力があるんですよね。立派な道の駅もあるし、魚もすごく美味しい。そういう「土地の良さ」をもっと生かせないのかなって考えたわけなんですよ。よそ者だからこそ、この地域の良さがわかる。だから「熊野古道」をきっかけに伝えていきたんですわ。
金子さんが大切にしているのは、「熊野古道」を一本の道として捉えること。世界遺産に登録された区間だけでなく、その先へと続く伊勢路全体に目を向けている。
_「熊野古道」の語り部だけでなく「熊野古道伊勢路を守る会」も所属されていますよね。
K_伊勢には、みなさんご存じの「伊勢神宮」がありますよね。もうひとつの大きな聖地が熊野三山。その二つをつないでいるのが熊野参詣道、いわゆる「熊野古道・伊勢路」なんです。だからもう、すごいところなんですよ。その魅力を最大限伝えるべく、伊勢から世界遺産の入り口までを受け持つ「熊野古道伊勢路を守る会」にも所属したんですわ。
そんな金子さんが、「熊野古道」で、まず歩いて欲しいと勧めるのが、馬越峠だ。今回のツアーでは鷲毛バス停から尾鷲神社まで、約4.1km・約2時間45分の道のりを歩く。
_馬越峠はどんな道なのでしょうか?
K_馬越峠は、石畳をはじめ、「熊野古道」らしさがよく表れたシンボリックな道ですね。ポスター等でよく見かける、あの美しい石畳の風景。実はほとんどが、この馬越峠のものなんです。一番代表的ですし、「熊野古道」を知ってもらうには入りやすい道じゃないかなと思います。
実は私も一発目は、馬越峠やったんです。そこで魅力に感じて、じゃあ次は違うところ、その次はまた違うところと。伊勢からこの熊野まで全部歩き通せるかチャレンジしました。みなさんにも馬越峠をきっかけに、もっと「熊野古道」を歩いてもらえたらうれしいですね。
_語り部として大切にしていることはありますか?
K_日本の歴史の流れのなかで、この古道がどう関わっていたのか、そこまで探求する人って、なかなかいないんですよ。通りいっぺんにガイドするんじゃなく、全体の流れとしてつかむ。そのための勉強は今もしていますね。自分はこの土地にとって、あくまで「よそ者」だと笑う金子さん。だからこそ見える、この土地の面白さもあるのだろう。ツアー当日は、「熊野古道」を歩きながら、その背景にある歴史や文化についても話を聞かせてくれるはずだ。
馬越峠を越えたあとは、尾鷲市で「尾鷲ひのきクラフト」を体験する。教えてくれるのは、尾鷲市生まれ、尾鷲市育ちの池田比早子さんだ。
今回つくるのは、尾鷲ヒノキの箸。紙やすりを使って自分の手で削り、仕上げていく。完成した箸は持ち帰るだけではなく、翌日、紀北町で「森農人」と囲む新米ご飯のランチで実際に使う。
池田さんは京都で生け花や茶道、フラワーアレンジメントを学び、地元に戻ってからは旧熊野街道筋の「田原屋」でフラワー講師を務めてきた。

そんな池田さんが、「尾鷲ひのきクラフト」を始めるきっかけになったのは、地域のイベント用に胸飾りを考えていたときのこと。木工所の床に落ちていた、大量のヒノキの削りくずだったという。
池田(以下、I)_その頃は「カンナくず」と呼ばれていたんですけど、私はこれ、くずじゃなくて何かすばらしい材料になるんじゃないかと思ったんです。それでコサージュをつくり始めたのがきっかけですね。そこから折ったり、編んだり、染めたり。いろいろな技法を重ねながら、コサージュやうちわなどの「ひのきクラフト」が生まれていきました。
池田さんが「尾鷲ひのきクラフト」を始めたのは、今から約30年以上前のこと。現在は、NPO法人「海虹路(えころ)」の代表として、地元の主婦を中心としたメンバーとともに体験の運営を続けている。
_長く活動を続ける秘訣はありますか?
I_何をするにしても、一人でできることってほとんどないんです。「できないことはできないよ、助けて」って必ず言います。みんなに協力してもらって、今があります。続けるのは、やっぱり大変。波はあるけど、「やめない」という一心でずっと続けています。元気なうちはもっと頑張って、後継者の人ができたらいいなと願っていますけれどね。
箸づくりで使うのは、紙やすりだけ。削るほどに表面がなめらかになり、ヒノキの香りも立ってくる。完成した箸を、池田さんは「ありがとう」と書かれた袋に入れて手渡している。幼稚園児からお年寄りまで、誰もが安心して参加できる体験だ。

_ひのきクラフト体験に込めている思いはありますか?
I_どんな体験にも「材料」が必要ですよね。それも自然の恵みと、いろいろな人の手を通って、箸の材料になっている。
箸で食べるものだって同じです。お弁当を買ったら、それだけのことに見えるじゃないですか。でも、その中には自然の恵みがあって、いろいろな人の手があって、ひとつのお弁当になっている。知っているけれど忘れていることを、思い出してほしい。それが一番の思いですね。
_体験した方の反応で、印象に残っていることはありますか?
I_箸を削ると、ヒノキの香りがするんです。「ヒノキってこんな香りするんや」って驚かれる方が多いですね。あとは手触り。最初は最初はザラザラしているけれど、削っていくとだんだんツルツルになる。「こんなツルツルになるんや」って。「優しい」とか「ホッとする」とか。香りも、手触りも、実際に触ってみると本物は違うんですよね。
2日目は、紀北町・赤羽地区へ。ここで出会うのが、「森農人(もりのうひと)」を名乗る3人だ。尾鷲ヒノキの葉を使った草木染めを体験したあとは、「森農人」が育てた新米を囲んでランチ。前日に池田さんとつくった箸も、ここでいよいよ出番を迎える。
「森農人」のメンバーは、宮城県出身の前川あかねさん、神奈川県出身の小川勝己さん、茨城県出身の坂入亮兵さん。全員が紀北町の地域おこし協力隊出身で、それぞれこの土地に移り住んできた。農業を軸に、草木染めや林業、地域に伝わる食文化の継承など、三人の得意分野を持ち寄りながら活動している。畑で収穫し、海を味わい、地域のお母さんに教わる。そんな土地の暮らしを大切にしている三人だ。

_「森農人」は、どのように始まったのでしょうか?
前川(以下M)_完全に、私が「この地域でやろう」っていう言い出しっぺだったんです。地元の米農家の谷さんと出会って、農業の現状を聞くうちに、「ここなら、この人となら」と思って、赤羽地区で農業を始めました。
さらに、紀北町で古くから親しまれてきた伝統食「くき漬け」の担い手が減っていることを知った前川さん。協力隊の任期を終えたあとも、「地域の伝統を守りたい」と紀北町に残ることを決めた。
M_農業と食を通して、海と山をつなぐこと。昔からある土地の暮らしに触れてもらうことを大事にしています。今回の体験でも、そういうことを伝えられたらいいなと思っています。


_小川さんと坂入さんは、なぜ紀北町へ?
小川(以下O)_僕はテレビで観た銚子川の美しさに衝撃を受けて、大学を卒業してすぐこっちに来たんです。神奈川から移り住んで3年目になるんですけど、もう第二の故郷みたいな感じですね。
坂入(以下S)_僕は、生活するのがなんか快適というか。田舎なんで、ない店とかもあるんですけど、それ以上に「住みいい」っていう感覚が上回るんですよね。
あとは人との交流かな。仕事で全国を点々としてきたんですけど、そのなかでもすごくフレンドリーな地域だと思います。コンビニの店員さんとも気さくにしゃべるような。そういうところが、すごくいいなと思いますね。


_出身地も年齢も違うみなさんが、紀北町を選んだ理由は何ですか?
M_自然、ご飯、人。私は「胃袋をつかまれた」っていうのが、結構しっくりきているんです(笑)。たぶん、他のふたりもそうだと思います。「ご飯めっちゃうまい」なって。近所のお母さんが作るお惣菜も、とにかく美味しいし。
O_同じですね。僕がいちばん好きなのは、海女さんが獲ってくる赤ウニ。ウニっていうと、北海道とかが有名なイメージがありますけど、こっちで獲れる赤ウニにはびっくりしましたね。
S_僕も海鮮系ですね。シンプルにアジとかカマスが、断然美味しくて。僕は茨城の内陸のほうの出身なので、鮮度の違いに感動しますね。


_今回の「新米ご飯ランチ会」も楽しみですね。
M_今回のツアーで楽しんでいただく「新米ご飯ランチ会」では、私たちが作った2026年産の新米ご飯や紀北町の郷土食である「くき漬け」や「生節」などを楽しんでいただく予定です。
食べることが好きな人に、ぜひ来てほしいです。あと地域の人との交流が好きな方。もしかしたら、地域の人がフラッと顔を出してくれるかもしれません(笑)
山と海が近く、その間に人の暮らしがある東紀州。「熊野古道」を歩き、尾鷲ヒノキに触れ、土地でつくられたものを美味しくいただく。今回の旅で出会うのは、そんな土地の暮らしを楽しみながら、それぞれのやり方で次へとつないでいる人たちだ。観光するだけでは見えてこない、紀北町と尾鷲市の日常へ。人に会い、暮らしに触れる2日間が待っている。
参加のご応募について/下記リンクよりお申込み下さい。

↓バス移動(09:45 嬉野PAで休憩)
紀北町で水揚げされた新鮮な魚をフライと海の旨みを閉じ込めた炊き込みご飯「磯飯」を予定。まずは海の町らしい昼ごはんから旅をスタートします。
Instagram:https://www.instagram.com/oshokujidokoro_sachi/
※食事内容は当日の状況により変更となる場合があります。

数ある「熊野古道」の峠道のなかでも、語り部・金子修さんが「はじめの一歩」に勧める馬越峠へ。美しい石畳が続く、伊勢路を代表するコースを金子さんの案内とともに歩きます。

馬越峠を越えた先にある、尾鷲七郷の総鎮守「尾鷲神社」へ。須佐之男命(すさのおのみこと)を祭神とし、境内には樹齢1000年以上といわれる県指定天然記念物の大楠「夫婦楠」がそびえます。毎年2月に行われる奇祭「ヤーヤ祭り」でも知られています。

NPO法人「海虹路(えころ)」代表を務める池田比早子さんに教わりながら、尾鷲ヒノキを使った自分だけの箸づくり。紙やすりで丁寧に削り、仕上げていきます。完成した箸は、翌日の「森農人」と囲む新米ご飯ランチで実際に使います。

この日出会った地域の人たちも交えて、地元の食材を使った料理を囲む参加者交流会。食べて、飲んで、話して。1日目の夜を楽しみます。

費用:3,000円(希望者のみ)
交流会のあとは、希望者で尾鷲のスナックへ。女将や地元の人たちとお酒を飲んだり、カラオケを歌ったり。漁師町・尾鷲の夜を、もう少しディープに楽しみます。

紀北町・赤羽地区にある「森農人」の圃場へ。前川あかねさん、小川勝己さん、坂入亮兵さんの3人と一緒に、農・林業や食を通して、この土地の暮らしに触れる約4時間です。


まずは、尾鷲ヒノキの葉を使った草木染め。ヒノキの香りを感じながら、ビー玉などを使って絞り模様をつくり、やさしい色合いに染めていきます。仕上がりを待つ間には、畑なども案内してもらいます。
そして、お昼は「森農人」が育てた新米を囲んでランチ。前日に池田比早子さんとつくった尾鷲ヒノキの箸も、ここでいよいよ出番です。
※体験・食事内容は当日の状況により変更となる場合があります。

新米ご飯ランチのお品書き(予定)
「森農人」のメンバーが育てた2026年産の新米を炊き立てで。紀北町の海の幸や郷土の味と一緒にいただきます。
・「森農人」の2026年産 新米「炊き立てご飯」
・紀北町の「干物」
・紀北町のソウルフード「くき漬け」「生節」
・漁師直伝のレシピでつくる「大敷汁」
・地元の食材を使った「季節のおばんざい」
・紀北町のみかんを使った「生搾りみかんジュース」
たっぷり歩いて、体験して、食べたあとは温泉へ。「きいながしま古里温泉」で汗を流し、旅の疲れを癒します。
旅の最後は、語り部・金子修さんもオススメする「道の駅 紀伊長島マンボウ」へ。紀北町の海の幸、山の幸、特産品がずらり。お土産を探しながら、名物の「マンボウの串焼き」や「ウツボの串焼き」もぜひ。

